輝尽性蛍光体という読んで字のごとく輝き尽くす性質をもつ、ちょっと面白い物質がある。これまでのスクリーンに使用されていた蛍光体は、X線の照射による刺激を受けたときだけ発光する、いわば一発勝負の物だった。例のレントゲン教授のボール紙も、この一種である。

 しかし、輝尽性蛍光体の場合は、同じようにX線などの放射線の刺激で発光するのだが、そのあと可視光で照射する(つまり刺激する)と、また最初の発光と完全に比例する強さで発光するのだ。もちろん肉眼では確認できない程度の光だが、ともかく一発勝負の試合はせずに、敗者復活戦においても残った力をふりしぼり、最初の試合と同じ技で撓み輝き尽くすという、けなげな性質をもっている。

 言葉をかえれば、この物質は最初に受けたX線の強弱を正確に記憶する″メモリー″のようなものである。研究員は、この性質を利用して、蛍光スクリーンと写真フィルムにとって代わる「イメージングープレート」という、いわば。画像センサー”を開発した。

 レントゲン写真に使うフィルムと同じサイズのプラスチックーシートに、輝尽性蛍光体(臭フッ化。バリウム蛍光体にユーロピウム・イオンをドープしたもの)を塗布した白いイメージング・プレートは、見た目には安物のハンドバッグかビニール張り手帳の材料としか思えない、たんなる一枚のシートである。これをフィルムの代わりに使って、レントゲンの撮影をする。イメージング・プレートの輝尽性蛍光体は、人体を透過してきたX線に、まずは最初の刺激を受ける。これでX線の強弱微妙なグラデーション、すなわち画像としての情報は完
全にメモリーされた状態となる。

 ここに、可視光線として直径一〇〇ミクロンのヘリウム・ネオン・レーザーのビームを、テレビの走査線のように高速でスキャンさせながら敗者復活戦の刺激を与え、一生懸命に輝き尽くす最後の光を集光装置で読み取り、ディジタルの信号に変えてやる。スーパーのレジで使うバー・コードが、目には見えないほど薄いものになっていると思えばよい。

 こうしてディジタル信号となったX線の情報は、コンピュータ処理によってCRT画面に映し出される。もちろんレーザー・プリンターにより、一般のレントゲン写真同様、フィルム上にも再現できる。

 さらに面白いのは、輝き尽くしたイメーシング・プレートは、そのあと均一の可視光線に照らされるとメモリ廴が一瞬のうちに消去され、新品状態に戻ってしまうことである。したがってディジタル信号の情報をレーザー・ディスクなどに記録しさえすれば、イメージング・プレートは何度でも使えるわけだ。

 もっとも、イメージング・プレートーつとっても、その開発までが大変だった。

 研究員は、N・D・X(New Diagnostic X-ray.新型X線画像診断)プロジェクトと称して、イメージング・プレートにどんな物質が最適か試行錯誤していたが、いつまでたってもうまくゆかない。富士フイルムの社内でさえ、「N・D・Xってのは。ナンにも・できない・X線”の頭文字か」と揶揄されたこともある。

 しかし「三年やってダメならやめよう」といっていたその三年目に、イメージンダ・プレー卜の実験がはじまり、一九七七年、人間の手そっくりのダミーを使った、最初のディジ
タル画像をつくることに成功した。レントゲン撮影というアナログのラジオグラフィーは、このとき、コンピュータによるディジタル化されたラジオグラフィー、すなわちコソピューテッド・ラジオグラフィー(CR)となったのである。レントゲン教授が光るボール紙でX線を発見してから、およそ一世紀を経てのことだった。